好きこそもののオタクなれ

いつも腹ペコ、三度の飯よりアイドル

あなたが溶け込む日常で

 

下書きになってた嵐ライブの感想をそろそろまとめるか〜〜とこの週末にせっせと書き進めていたら、とんでもない発表が出てしまいました。呑気にライブの感想とか書いてる場合じゃないね。

 

でも、自分でも驚きなんですが、全くというのは嘘だけど、それに等しいくらい、ショック受けてない。「そうか!分かったよ!教えてくれてありがとね!」って思えてる。

 

もちろん5人で駆け抜けて来たこの軌跡が一度止まってしまうことは悲しい。あまりにも悲しいけれど、それ以上に私の中では良かった、救われたと思ってしまう。

 

まず、このきっかけが大ちゃんの提案だったということ。言葉で端的に説明するのはすごい難しいけれど、これが大ちゃん以外のメンバーからの提案となると受ける印象がまるで違う。

 

大ちゃんがこんなにも重大な提案をこのタイミングで言い出せたこと、それを受け入れてくれる環境が整っていたことに安心してしまった。

 

批判があって当然のことを大ちゃんはした。嵐を壊した訳ではないけど、嵐を離れたいと言い出した事実は見ようによってはあまりにも残酷だ。たくさんの人が傷付いたと思う。

 

それでも、5人で話し合いを重ねて、1つの結論を見出せたこと、5人という数字にこだわりすぎて自分を殺す人が出ずに済んだこと。本当にそれだけは良かった。

 

私自身も少しだけ、こう言うと語弊があるけど、緊張が解けた、心配事が減ったというような感覚があって。

 

2017年の潤くんの誕生日ブログにも書いたけれど、消えてしまいそうな潤くんを見ているのがたまにしんどくなる瞬間がある。

 

‪宮城ブラストで、潤くん(だけじゃなく嵐も)背負っているもののあまりの大きさに気付いてしまったとき、私はショックでアンコールも帰りの道中も全然笑えなかった。

 

これは私が勝手にショックだっただけだから、アイドルとして生きる本人たちには何の支障もないのかもしれないけど、これまでの嵐の生活から少し離れたところで深呼吸する時間が出来たら良いなと思う。そこでまた新しいやりたいことを見つけてくれたら、また全力で応援させて欲しい。少しでもその荷物を私たちが持ってあげたい。

 

 

ここからはライブの感想を。(休止を知らない昨日までの私が書いてる)

 

ARASHI Anniversary Tour 5×20の前半が終了した。いつものツアーだったらもうこれで終わり。あとはパッケージ発売を待つだけ。でも今回は追加でさらに1年見れる。しかも毎週のように。なんて幸せな20周年なんだろう。

 

20周年といっても、自分は20年の全てを知っている訳ではないし、20年何かを継続するという体験が無いので、正直全然実感が湧かなくて。とにかく凄いとしか言えねえ…。

 

ただ、いろんな先輩グループの20周年を見ていて、事務所の先輩後輩同期、その他業界の皆さん、ファンのみんなが一斉にお祝いするお祭りだな〜と感じていて。だから今回のライブも「めでたい!めでたい!祭りだ!祭りだ!」ってノリで行けば良いのかな〜と思っていたんですよ。

 

でも実際は全く違いました。

 

10周年のときは「僕らの10年はこのようなものでした」って紹介や振り返りの要素が強かったと思う。今回のツアーもシングル曲で構成して20年の振り返りのような要素はある。ただ、ライブ見てて途中で気付いたのは「この人たち、おめでとうって言われに来てるんじゃなくて、めっちゃありがとうって言いに来てるわ」と。

 

あれ?お祭りじゃないの?え、なんかこっちがめっちゃありがとうって言われてるんだけど?え?

 

って若干混乱しているうちに最後のメンバー挨拶になりました。(混乱しすぎ)


みんなレポで見たようなスペシャル感動的な素敵すぎる挨拶です。そんな中、ニノの挨拶が「みんな、ありがとうって言おうね」という話だったんだけど、また思い付きで話してるのかなこの人ってちょっと斜めに構えて聞いてたら、ありがとうと絶対的に言わなくてはならないタイミングが人間の一生のうちには何度かあって、ただ死んでしまったら言えないんだよ。だから、ちょっとしたことでもよいから、生きてるうちは、ありがとうって言うようにしようね。家に帰ったら家族に言ってみてね、って。

そんな幼稚園や小学校で習うようなことを35歳のおじさ…アイドルが東京ドームで、自分のライブの締めの挨拶で話すんですよ。違和感しかないよね、普通は。でも、嵐のライブだと違和感じゃないんだよね。

それこそ、嵐が教えてくれることって幼稚園や小学校で習った当たり前のことなんだと思う。当たり前なのに大人になったら当たり前に出来なくなってしまったこと、忘れてしまったことを嵐は伝えてくれるんだと思う。

新聞広告に出た「オトナを楽しめ!」には、そういう忘れてしまいそうなことを、たとえ忘れちゃったとしても何度でも思い出しながら、オトナを楽しもう!って言ってるように私は感じた。ピカンチに描かれたような世界がリアルに嵐なんだと思う。

 

私は、ニノの挨拶聞いてから何かの糸が切れたかのように泣いてしまって。ほんとあんなに泣いたの初めてだったから自分でもビックリした。

 

祖父を亡くしてもう一年以上経つけど、私にとって祖父は心の支えだったので、実はまだ亡くなったことを受け入れられてなくて、お線香もあげに行きたくないし、遺影も見たくないのでこっそり隠したり、祖父の話になると逃げてしまっていて

 

ただ、ニノの話を聞いて、いまを生きている周りの人を大切にしたいと思えたし、いまはもういない祖父にもありがとうと言う気持ちさえあればどんな形であれ伝えられるんだと思って。

 

そう考えたときに、今回のライブって、ありがとうのいろんな伝え方を教えてくれるようなものだったなって。

 

五感を使って「ありがとう」を感じられたライブだった。

 

キンプリの岩橋くんがツアーのメイキングで「リハーサル室にいる段階から僕ね分かるんですよ。ファンの子たちが見えるんですよ」と言い出して、大丈夫かこの子?って思ったけど、その中で「匂いが分かる」という表現をしていて。

 

なんかね、私も匂いがしたと思うよ。

 

NEWSのシゲがさ、モニターに流す映像のフォントにこだわるのは、視覚でも伝えられたら、五感で楽しんで欲しいからって言ってたけど、そこに到達してるのが嵐だと私は感じた。

 

ハダシの未来の映像とか凄い分かり易かったけど、あの日あの時の会場の温度が鮮明に浮かぶんだよね。不思議なのはその時ライブ入ってないわ!って年の映像見てもなんか伝わってくるの。

 

‪あと、この人たちってどこまでも平等だなと思った。メンバーのセンター曲も歌割りも立ち位置も、お客さんに対しても平等で。トロッコも常に動いてて、その場で止まったのってハダシの未来とかだけだった印象。Jr.からの人もデビューからの人も途中からの人も楽しめる嵐らしい構成だったと思う。

 

好きがどんどん大きくなると、全ての時間を共に過ごせなかったことに嫌気がさしてくる時がある。もっと早く好きになっていたかったって思う。そういうモヤモヤを嵐は全部包み込んでくれる。だから安心して嵐という場所に身を任せられるんだよね。

 

‪過去を振り返らず、ただ前を向いて走り続けてきた嵐。今回のライブも20年を振り返るという感じがしなくて凄い。来るもの拒まず去る者追わずで一見冷たい感じもするけど、至って平等で開かれた世界。

 

ここまで5人で築いてきたものに対する自信が凄い。

 

ただ、1回だけ前進ではない嵐があったとすれば宮城ブラスト。あれは過去の穴埋め、置いてきてしまったものの回収だったと思う。ちゃんとあそこで時間を取って穴を埋めたられたから、20周年がきちんと20年分になったような気がする。‬

 

過去は振り返らないけどなかったことにはしない嵐が好きだ。

 

しかしながら、先輩後輩がライブにお祝いに駆け付けるみたいな隙がまるでないけど、どこかにぶち込まれるのだろうか。嵐組の皆さん、どうかこの絶好のチャンスに同窓会をお開き下さい。ごゆるりと。

 

非日常の嵐が日常に溶け込んでいる。嵐が溶け込んだこの日常で、今日も私は生きている。

 

 

 

さて、ここまでが昨日の私が書いた分。

 

読み返していて自分で泣いた。

 

5人の選んだ道を応援するよ。

そして嵐に教えて貰ったことを武器にして私たちは生きていくよ。

 

相葉ちゃん

潤くん

ニノ

大ちゃん

翔くん

 

たくさん たくさん ありがとう!

 

ニノが言っていたように嵐はこれからもずっと嵐なんだ。だって嵐はもう空気のようにそこら中に漂っていて、私たちの中にあって、私たちの日常なんだから。

 

6人目の嵐と言ったのはあなたたちなんだから、メンバーとして言わせて貰うけど、そんなに謝らないでくれる?私たち、しっかり教育受けてますから!嵐という英才教育受けてるの!あなたたちの残したもので私たちは戦っていけるんだから!心配しないで欲しいし謝らないで。

 

さてと、

明日もきっと、昨日までと同じ日常だ。