好きこそもののオタクなれ

いつも腹ペコ、三度の飯よりアイドル

ジャニーさん、孫になってもいいですか?

 

 

 

いちいち文章化しないと気持ちの整理がつかない性格でほんとダメな奴なので、こんなどうでもいいブログを書いてること、悪しからずご了承下さい。

 

(松本潤くんが使ってたので「悪しからずご了承下さい」に最近ハマってます)

 

言いたいことがありすぎて、でも何か書いてるうちに凄い回りくどくなってしまって、また消してを繰り返してたんですけど

 

一番言いたいことだけシンプルに書きます!なるべくシンプルに!手短に済ませます!

 

 

 

私は舞台演出とかアイドルのプロデュースに関しては素人だし、正直何が凄いかなんて全然分かってないんだと思うけど、ジャニーさんが作り上げた「ジャニーズ」というものの凄さって

 

「みんなの居場所」

 

を作ったことだと思う。

 

 

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そして最終的に、そこがジャニーさんの居場所にもなった、ということ。それがまた凄い。

 

 

 

2016年元旦

 

蜷川幸雄のクロスオーバートーク」にジャニーさんがゲスト出演し、二人が対談するという、今でも信じ難い奇跡の番組がありました。

 

私はそれを聴きながら、まるで初めてジャニーズに触れたような気持ちになったのを今でも鮮明に覚えています。

 

嵐をきっかけに「ジャニーズ事務所」という存在そのものが好きになり、いろんなデビュー組も好んで応援し、ちょっとはJr.のことも分かって「わたしは事務所担だ!!!」と思っていた。

 

のに、その生みの親のジャニーさんの想いをあまり知らないなということに気付いて。

 

もちろんずっと、偉大な存在だとは思ってたけど

 

ギネスに載っちゃうくらい舞台を演出しまくるエンタメの大好きなおじいちゃん

 

というくらいにしか考えてなくて、この対談をきっかけに「マジで…ジャニーさんって…凄え…」と感動して、その日を境にジャニーさん自身への興味が湧いたような気がします。

 

同じ2016年に「少年たち」でSnow Man好きになり、そこから「オールスターズ アイランド」にも行って、ジャニーさんの根底にある戦争や悲しい事故の「暗」の部分に初めて触れました。

 

 

この対談で話していた和歌山でジャニーさんが遭った空襲。

 

たまたま和歌山にいたときに空襲があり、アメリカで生まれた自分がアメリカ兵に攻撃され、アメリカと日本の狭間で苦しんだ(ニュアンス)という話で、しかも和歌山の空襲はこの一回きりだったと。

 

この空襲の話、めっちゃ印象に残ってたんですが、ジャニーさんが亡くなってから、とある本をパラパラしていて驚きました。

 

その空襲が起きたのが

 

1945年7月9日

 

なんですって。

 

 

この「自分の居場所はどこにあるのか」考えさせられた経験がジャニーさんの作ったジャニーズ事務所に色濃く残ってると感じます。

 

 

ちょっと話は逸れますが

塚田くんが出演していた「さくらの親子丼」ってドラマあるじゃないですか。あれの原作?とも言われている(実際の関連性はなさそう)、広島の「子ども食堂」って実際にある食堂とそれを運営しているおばちゃん(通称:ばっちゃん)のドキュメンタリーを見たことがあって。

 

 

今回、ジャニーさんが亡くなって、いろいろ考えてるうちに、ジャニーさんがしたことと、このばっちゃんがしたことって同じだな〜〜と。

 

 

複雑な家庭環境だったり、犯罪を犯した子が、自分の居場所を探して、傷付きながら、みんなこの「子ども食堂」に辿り着いて、ばっちゃんは無料であったかいご飯を出して、子どもたちの話を聞くの。

 

 

ジャニーズ事務所にもいろんな境遇の子がいて、いろんなきっかけで履歴書を送って、いろんな偶然が重なって事務所入りしてるけど、自分の居場所をまだ見つけられない小中学生のちびっ子たちに対して、いつでも来れるけどいつでも辞められる無料のレッスンを提供するってことが、どれだけ凄いことか。

 

 

あと、ジャニーさんのエピソードにはハンバーガーを食べながら面接したとか、食べきれないほどのステーキを食わされたとか、食べ物のことがたくさん出てくるけど

 

宮近くんのコメントに

 

ジャニーさんは「ご飯食べた?」と言っていつもお腹が空かないように気にかけてくれました。

 

というのがあって。

 

この広島のばっちゃんがご飯を提供しているのも「空腹だとイライラしたり喧嘩になるから」と言ってたんだけど、戦争が起こる理由とかも始まりは「食っていくための領土争い」だった訳じゃないですか。

 

 

そういうところにも、ジャニーさんの平和を願う気持ちが込められているな、と感じてしまう。

 

 

 

どんどん勝手な分析が入るけど

 

結局、ジャニーさんは和歌山でアメリカに攻撃されてアメリカと日本の狭間で揺れ動く、というような経験をしなければ、これほどまでに「自分の居場所」について想いを寄せることはなかったかもしれない。

 

あの悲劇とも言える偶然の出来事が、最終的にはたくさんの子どもたちの居場所になり、たくさんの子どもたちに愛されながら人生の最期を迎える、という結末を作った、とも言えるかもしれない訳で。

 

 

だからこそ、オーディションで

 

 

藤ヶ谷くんが合格者の中に自分の番号がなくて札をどこに返せば良いですか?と聞いたのがジャニーさんで「初日に話しかけるなんて凄いね!残って」と言ったり

 

井ノ原くんがジャニーさんが食べようとしたブルーベリーのガムを自分が貰えるものと勘違いしたら「図々しいところが良いね!」と言ったり

 

そういう素の振る舞いの面白さ、良いも悪いもサプライズ的な出来事を大切にして、人を見てきたんだろうな〜〜と思う。

 

 

 

 

「いいと思って残しておいたらちっとも成長しない子だっているでしょ?」と蜷川さんに聞かれて

 

「いない」

 

「アイドルとして成功するために一番必要なことは、真面目なこと」

 

と答えてて、ジャニーさん本当にかっこいいんだ。

 

そして、誰だって真面目に取り組めば成長出来るんだ、というジャニーさんの教えをしっかりと守る子たちを応援出来る私たちめっちゃ幸せっす!!!!!

 

 

ジャニーさん、私たちにアイドルを応援するという居場所を作ってくれてありがとう。

 

 

7月9日

 

少なくともこの日だけは、居場所を探す少年たち(そして少女たち)のことを想って、影に目を向けながら、愛の溢れた美しい世の中を願って、過ごして行きたいな、と思います。

 

 

私も自分のことジャニーズJr.だと思っているので、子供とまでは言わないから、孫になっても良いですか?

 

孫でも図々しいけど。

 

でもジャニーズで育って来たから、孫ってことにしてね。

 

おじいちゃん、今までありがとう。

 

これからもおじいちゃんのこと絶対忘れないよ。